「高い城の男」「MARVEL エージェント・オブ・シールド」「DC レジェンド・オブ・トゥモロー」「THE OA」「オルタード・カーボン」「HEROES/ヒーローズ」「硫黄島からの手紙」に出演した俳優・尾崎英二郎 公認/ファン私設応援サイト

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読者から反響の大きかった、渾身のメールマガジンを無料公開!!

皆さん、こんにちは。
今日ここに掲載するのは、俳優として渡米した後の2009年から配信を続けているメールマガジン『ハリウッドで俳優として生きる! 尾崎英二郎の ”夢” を掴むプロセス 』から、過去に読者の皆さまから好評だった号の全文です。

世界がコロナ禍に突入するなどとは想像もできなかった、2019年の春に執筆したものです。

今、”情報”が瞬時に世界を飛び交う中、僕ができることは、米国の映画・テレビドラマの業界の内側で働く一員として、実体験を伴った撮影の舞台裏や、臨場感のあるエピソードや情報、あるいは、目標に向けて歩んでいくためのヒントや「思い描いたもの」を実際に築いていくプロセスを多くの方と共有していくことだと考えています。

是非、ここからも異国の地の産業での闘いを見守って下さい。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



追悼:スタント界の英雄、そして忘れ得ぬ恩人、
Bradley James Allan さん




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

今日、皆さんにお届けするこの文章は、

2011年に配信した第67号のメールマガジン
「 ”運” は偶然ではない。必然でつかみとれ!!」

と、

2013年に配信した、同じく第115号
    新作映画、北米劇場公開への道 〜その4〜
  「歩んできた道に、偶然は無い」

を加筆、改訂したものです。

2011年秋、メキシコでの撮影で大変お世話になった、
スタント・コーディネーター、
ブラッドリー・ジェームズ・アレン(日本での表記:アラン)さんの追悼として
皆さんに、僕の忘れられない経験とブラッドの思い出を、
ここに共有させていただきたいと思います。

   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆

映画『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』への道のりで、
自分の身に起きた ”奇跡” を伝えるために、
時間をグッと遡り、
この話をしておかなければならない、

不思議な『縁』のお話です。

   *   *   *   *   *

小学校時代、
僕の楽しみといえば、
絵を描くことと、
そして映画を劇場で見ることでした。

家族と一緒に観にいくこともあれば
友達と行くこともありました。

1979年、
「家族で映画に行こう!」
となった夏の休日、

母は『寅さん(男はつらいよ)』を見たいと言い、
父、兄、僕の男連中は、菅原文太主演の『トラック野郎』を見たいと言って
意見が分かれました。

結局、多数決というか、、、無理やり男たちの強引さで、
東映の劇場で上映していた
『トラック野郎 熱風5000キロ』
を見ることに決めました(お母さん、ゴメン)。

この頃は、
映画は多くが2本立ての上映で、
『トラック野郎 熱風5000キロ』ともう一本、
名も知らぬアクションスターの香港映画が同時上映のプログラムでした。

”香港映画” そのものが、
僕にとって初の鑑賞でした。

その映画のタイトルは
『ドランクモンキー 酔拳』
ド、ドランク、モンキー?
ってなんだ!??
という印象の、未知の作品でした。

今ではおそらく、
映画ファンなら知らない人はいない、
あのジャッキー・チェンの出世作ですが、
彼の日本初上陸作品を、小学生の僕も、家族も、
もちろん知る由もありませんでした。

しかしです、
一旦映画が始まると、、、

その展開と、痛快さに
一気に惹き込まれました。

のちの『ベストキッド』のような、
敗北から、厳しい訓練と様々な教えを経て、
精神的にも肉体的にも成長し、最後に勝利するという
カタルシスが爆発する筋書き。

そして、
若きジャッキーのコメディの表現力と、
無駄のかけらもなく鍛え上げられた肉体と
圧巻のカンフーの振り付けに、
僕の興奮は最高潮に達しました。

事実、この作品は傑作でした。

僕だけでなく、
「『 トラック野郎』より、面白かったね!」
というのは家族一同の一致した感想だったのです。

ここからは、ジャッキー熱が収まりません。

70年代の『蛇拳』『少林寺木人拳』『拳精』『龍拳』から
80年代の『バトルクリーク・ブロー』『プロジェクトA』あたりまでの
彼の作品を、友達と毎年のように欠かさず見続けました。

中学生時代まで、
最も自分に影響を与えた映画人の1人だったと言ってもいいと思います。

さらに後年、
アメリカにも進出を成功させた1995年の『レッド・ブロンクス』と、
(これは僕の日本での俳優デビューの年であり、)
ハリウッドスターの地位を不動のものにした1998年の『ラッシュアワー』
(NYで初めて僕が舞台公演に挑んだ年である)
と、すでに将来アメリカの業界に進む道を目指していた僕に、
節目節目で刺激を与え続けてくれたのがジャッキーでした。

ジャッキーは、幼年期から青年期の僕に、
「世界市場に挑む」 という難しさと
偉大さをおしえてくれた、大切な人物だったのです。

彼の、『ラッシュアワー』での米国大ヒットに
ファンとして心を躍らせていた、
その翌年の1999年のこと…

NYオフ・ブロードウェイでの2度目の公演(2ヶ月間)を終え、
その年末に、東京で ”凱旋公演” を僕は迎えていました。

毎夜、盛況で上演していたある夜、
楽屋口で待っていて下さった1人のファンの方から、
こんな風に声をかけられました。

ファンの方:「今日の舞台を観て、ファンになりました。
       尾崎さん、アクションとかには興味ありますか?」

意外な質問に、僕はこう答えました。

英二郎:「興味はありますけど、
     アクション畑(の出身俳優)ではないので…。
      どういう系のアクションですか?」

ファンの方:「香港映画とかです。ジャッキー・チェンのアクションとか、
     尾崎さん出たらいいのに、って」

英二郎:「え、僕、ジャッキー、興味ありますよ!」

ファンの方:「本当ですか!?」

英二郎:「はい、子供の頃から大ファンで、
     ずっと彼の作品を見てたんです!!」

ファンの方:「尾崎さん、ジャッキーなら、会えますよ。
      私、会わせることができます」

英二郎:「えっ(喜)!?…
   本当ですか?」

まるで狐につままれたような、唐突な申し出でしたが、
その時、連絡先だけは交換させて頂きました。

そしてその話は、
嘘ではなかったのです。

そのファンの方(当時)は、
20年来のジャッキーら香港スターたちの、いわゆる筋金入りの「おっかけ」で、
そういうコアなファンの方々は、スターたちの動きを追跡できるような情報網があるらしく、
そして気さくなスターたちも、ファンに情報を少しずつ漏らしてくれる、、、のだそうです。

なので、来日などの際、どの日時/どの空港に/どの便でやってくるのかを
事前に知ることができる、

したがって、
「ジャッキーに会うことが可能なんです!」
というのです。

ファンの方:「もし本当にジャッキーに会うつもりがあるのなら、
      機会がある時にお知らせしますよ」

英二郎:「あ、もし、本当に叶うんであれば、是非お願いします」

僕は、半信半疑でお願いしてみました。

ジャッキーに会えるかどうかはともかく、
僕の舞台を観て、アクション作品にも幅を広げられるんじゃないか?
と思ってもらえたり、

「ファンになりました!」

と、演じた直後に言ってもらえたことだけでも嬉しい収穫でした。

   *   *   *   *   *  

2000年の初め。

そのファンの方から連絡が入りました。

ファンの方:「尾崎さん、ジャッキーが来ます!」

英二郎:「えっ!!本当ですか?」

ファンの方:「仙台空港に来ます。彼がドラゴン・エアー(香港航空)の
    キャンペーンをやっているので、就航している仙台に着くんです」

ファンの方:「尾崎さん、仙台に行きますか!?」

え…
仙台…?

と一瞬考えましたが、
こんなことはまたと無いはず。

ここは流れに乗ってみるべきだと思いました。

失うものは何もない。
このファンの方が本気で勧めて下さっていることもわかりました。

もし、本当にジャッキーにお会いすることができるのなら、
その存在を目の前にするだけでも、素晴らしい刺激となるに違いない。

会ってみたい…

衝動が行動を生みました。

「行きますっ!!」

と即答。

交通費や仙台での滞在費のことなど気にすることもなく、
僕は新幹線に乗り込みました。

静かな仙台空港のロビー。

ジャッキーのファンらしい女性陣が何人か待っていました。
みんな来日の情報を掴んでいるらしい(笑)。

ドキドキと、期待を胸にしながらドラゴン・エアーが
到着するのを待ちました。

あ、あぁっ…!!

出てきた、
本物のジャッキー・チェンだ。

僕は、足がすくんでしまいました。

劇場スクリーンで『酔拳』を見て以来のファンだったわけですから、
大人になって、俳優になった当時でも、
その尊敬の眼差しは変わりませんでした。

いざ本人を目の前にすると、何もできません。

ファンの方「ほら、尾崎さん、早く行って、挨拶しないと!!」

その言葉が僕の背中を無理矢理に押しました。

よし、行こう…

思いきって挨拶してみよう!!!

ジャッキーに声をかけ、握手しました。
もうその時、何を言ったのか、今は思い出せません。

ただ、肉厚で強そうな大きな手のひらの感触を覚えています。

   *   *    *   *   *

この仙台の旅で、
ほんのわずかな時間ですががジャッキー&彼のスタッフ一同と
交流している間、
僕は、ジャッキーの当時のマネージャーであった
ウイリー・チェン氏に積極的に話しかけてみました。
(ジャッキーには、なかなか緊張して話しかけられなかったので…)

ウイリー氏は、香港映画界でジャッキーをスターダムに押し上げた仕掛人で
いわば、世界のアクションスターの生みの親的な存在でした。

彼は優しく、英語が流暢だったので、
彼とは直接コミュニケーションがとれたのです。

英語を学んできたことに、
心から感謝する瞬間でした。

ウイリー氏は僕に、どこで英語を習ったのかなどを逆に質問してくれたりしました。
米国のネブラスカで勉強したと答えると、

「ヘイ!ネブラスカ!」

と、面白がって呼んでくれたりしました。

   *   *   *   *   *  

翌日、

おっかけ隊は、今度は東京に向かう新幹線にも
ジャッキーたちに続いて、同乗しました。

凄い…

ここまでくると、おっかけの皆さんの行動力に
僕は敬意すら抱きました(笑)。

新幹線に乗り込む前のホームで、
僕はもう一度、勇気を出してウイリー氏に話しかけました。

  「僕は、普段こうして香港の映画スターをおっかけることはありません。
   今回のような機会は、僕にとって滅多にあることではないんです。
   実は、近日キャスティング・ディレクターに会いに、香港にも行くんです。
   もしご迷惑でなければ連絡先を頂けないでしょうか?」
と。

彼は迷惑がるどころか、とても親切にジャッキーの会社の彼の名刺をくれました。

  「ああ、いいよ。香港に来るときには、滞在先を連絡しなさい」

当時、僕はちょうど、活動の幅を広げていこうと、
香港で活躍する日本人のキャスティング会社の方を訪ねるプランを立てていたんです。

なにがどうなるかはわからないが、香港でウイリー氏というジャッキーの製作会社の大御所に、
わずかながらではあっても、繋がりがあるだけでも心強い。

  *  *  *  *  *  *

そして、
2000年2月。

僕は宣言通り、
香港を訪問しました。

ちょうどその時期、
香港では、ジャッキーの主催する彼のインターナショナル・ファン・パーティーが開催されるらしく、
僕がお世話になったおっかけの皆さんも香港入りするそうで、香港で右も左もわからない僕は、
彼女たちの旅程に一部便乗させて頂きました。

そして日本を発つ前に、
仙台で頂いた名刺の会社の宛先に、
ウイリーさんへのお礼の手紙を送っておきました。

すると、
サプライズが起きたんです。

香港入りし、宿に到着すると、
なんと、ウイリー氏から僕宛にメッセージが届いているではないですか!!!
ボロボロの安宿に、僕の手紙を読んで連絡してくれていたんです。

アジアのスター(いや、すでに世界のスターの座についていた)ジャッキーの
マネージャーがわざわざ宿に電話をしてくれていたとは…

翌日、早速ウイリーさんのオフィスに電話を入れると、
非常に丁寧な女性のアシスタントの方がこう説明してくれました。

  「尾崎さまを、ジャッキーのインターナショナル・ファン・パーティーに
   お招きいたします。いらっしゃいますか?
   パーティーの場所は…」

信じられない!!まさかの展開。

こんなにも温かで親切な処遇があるものでしょうか?
ジャッキーの会社から、単なる無名の若造の僕にですよ。

そして、
このパーティーへの出席が、
僕の香港の旅のハイライトになることになったんです。

   *   *   *   *   *  

ファン・パーティーの当日、
とぼしい土地勘を頼りに、
なんとか会場に到着しました。

大会場のロビーには、
ジャッキー映画のスポンサーである三菱のスポーツ車などが展示されていて、
とても華やかでした。

そしてそのフロアには、
劇場スクリーンで何度も顔を見たことのある
ジャッキーのスタントチームのメンバーが、ほぼ全員顔を揃えていました。
皆、スタントチームの黄色いジャケットを羽織っています。

その黄色がとても眩しかった。

この時、
一人だけ、
白人のメンバーがいることに、
僕はすぐ気がつきました。

前年末に劇場で観たばかりの映画
『ゴージャス』(ジャッキーとスー・チー主演)
で、悪役として圧巻の死闘をジャッキーと演じていた人物でした。

この映画を僕はとても気に入って、
一時期スー・チーに憧れを抱いたほどでした(笑)。
なので、敵役も忘れるはずがありません。

まず、
その映画の中の、
ジャッキー対白人スタントマンのあまりにも見事な
一騎打ちのシーンと、
それらを含む彼の驚異的な身体能力の映像を観て下さい!!

https://www.youtube.com/watch?v=iVArzrwrS6s
https://www.youtube.com/watch?v=-J8tRFJg3t0

この鮮烈なファイト・シーンを覚えていた僕は、
彼にどうしても質問したくなりました。

話しかけてみたいっ!!

そこで、勇気を出して近づいてみました。
ジャッキーに話しかけるよりは気持ちは遥かに楽だから(笑)。

「素晴らしい、ファイトでした。あのファイトを撮影するのに
どれくらいかけたんですか?」

2シーンのファイトを撮るために、
2週間前後をかけた、と白人の彼から答えが返ってきました。
ほんの何分間かのファイトに、それだけの時間をかけるのだと
初めて知りました。

パーティーは大いに楽しみました。
撮り終えたばかりのハリウッド作品『シャンハイ・ヌーン』の
最新ポスターなどが、ジャッキーの手によって披露されました。

素晴らしかったのは、
パーティーの最後。

アメリカ、日本、オーストラリアなど各国から500人も訪れていた
ファンたちと、ジャッキーは1時間以上をかけて、ひとり一人と
ステージ上でツーショット写真を撮ってくれました。

この、ファンに対して真摯に注ぐ、彼の情熱には感動しました。

「スターたる者、かくあるべき」

と思わされました。

そしてもちろん、
僕も、ジャッキーと共に、写真に収まりました。

「あぁ!(笑顔)」

と、ジャッキー。

彼は、仙台と東京でわずかな時間しか出会わなかった僕の顔を
覚えてくれていたのです。

本当に稀な、
素敵な時間でした。

演劇を観に来てくれた、一人のファンの方がくれた、
「縁」のおかげです。

この、
仙台と、香港での、
憧れのスターとのふれあいの時から、
(僕は決してアクション俳優ではないけれども)

「いつかジャッキーの撮影現場に、仕事で臨みたい!!!」

というのが、
密かな目標の一つになりました…

   ◇    ◇    ◇    ◇    ◇     

と、ここまでが、
2000年までに起きた、思い出の話です。

そして、
ここからは、話題を2011年に戻しましょう。

映画『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』のスタント・コーディネーターである
ギャレット・ウォーレン(「アバター」「ローガン」「アリタ:バトルエンジェル」)との稽古を終え、
僕が映画の撮影のためにメキシコに入った、
11月15日。

夕方から、バハ・スタジオ(映画『タイタニック』の撮影のために元々建設されたスタジオ)の
ドレッシングルームで、かつらとメイクの最終テストが行われました。

日本人として、様々な意見を出しながら、
ようやくメイクテストを終え、
滞在先のホテルに到着すると、
今回共演する日本人の方とロビーでお会いした。

前号でも紹介した、『パイレーツ・オブ・カリビアン』
『ラッシュアワー3』『硫黄島からの手紙』などにも出演した
ハリウッドでは売れっ子の日本人スタントマン、飯塚吉夫さんが
フロントでチェックインしていました。

飯塚さんとは、事前のリハーサルだけでなく、
個人的にお食事もさせて頂いたこともあったので、彼と合流できるのは
本当に心強く、

「あぁ、飯塚さん!お疲れさまです」

と挨拶しました。

その、1、2秒後…

飯塚さんと談笑している小柄な男性に気づきました。

髪型をモヒカンにカットしていたので、すぐに目を引きました。

あれっ…

あっ!!!

一瞬、目を疑います。

彼だっ!!

彼なんです。

僕が香港で、あの、ファン・パーティー会場で、
ジャッキーのスタント・チームの中で
唯一声をかけて質問した、
あの白人スタントマンがそこの居たんです!!

僕は、わけがわからなくなりました。

どういうことだ、この人もアクションシーンに参加するのか?

なぜ、メキシコにいるんだ???

僕はおそるおそる話しかけました、

英二郎:「間違えていたらすみません、
    あなたは、ジャッキー・チェン氏の
    スタントチームの方ですよね…」

ブラッド:「そうです、Brad Allan です」

英二郎:「お会いできて、本当に光栄です。信じられません!」

(もちろん、彼は僕のことなど覚えていない)

ブラッド:「ありがとう。明日から一緒に仕事するよ」

えっ!!!

やはり一緒に仕事するのか!?

彼が、今回の『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』の撮影にかかわるのか?

初めてジャッキー本人と、彼の関係者たち、
スタントチームのメンバーたちと接近遭遇した、
あの日から11年…

僕は、
Bradley James Allan がスタント・コーディネーターを務める現場に
挑むことになったのです。

彼はアメリカ映画界ですでに大活躍しており、
『キック・アス』『ラッシュアワー3』『ヘルボーイ・ゴールデンアーミー』
などで次々とアクション場面のコーディネートを手がけていました。

なぜ彼がここにいたのかと言うと、
映画『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』は予定より撮影期間が長引いていたため、
元々のスタント・コーディネーターであるギャレット・ウォーレンは
もう次の作品の現場に向かわねばならなかったんです。

そこで、代わりに白羽の矢が立ったのが、ブラッド・アレン氏でした。

とはいえ、彼の名前を聞いても、
読者の皆さんにはその興奮が伝わり難いと思います。
でも彼が『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』の次にファイトの振り付けを担当した映画が
2013年の夏にヒットした『パシフィック・リム』だったと言えば、
僕がどれくらい優れた人材に恵まれて仕事できたかが、
少しわかって頂けるかもしれません。

映画『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』は、家族ドラマの作品ですが、
僕の出演場面は、アクションを含んでいます。

もちろん、
ジャッキー&ブラッドの死闘のような、
アクロバティックな曲芸のような戦いは、この映画にはありません。

僕が演じたのは、
侍に憧れを抱く召使いの男で、
蒙古襲来の時に、侍たちが壊滅しそうになった時、
立ち上がり、
技も腕力もない男が、知恵と勇気を振り絞り、
巨大な敵を倒すという、「おとぎ話」の登場人物でした。

勝ち目のない戦いになりふり構わず挑むという、
決して流麗なアクションではありません。

ドラマ作品の中でのバトル・シーンは、
それでも、一つの見せ場です。

その撮影をブラッドが、監督と共同で進行する。

ギャレットが現場に立ち会えないことは残念ではありましたが、
しかしむしろ、僕個人にとっては、
人生の中のいくつかの真剣勝負に臨む、この時に、
これ以上ないと言える条件が整いました。

大一番だ…

と覚悟しました。

「俳優人生を賭けた、勝負の時間」

そう自分に言い聞かせ、
決意の通り、
自分のありったけの表現をぶつけました。

ブラッドという、
(ジャッキーが信頼を置く人物の)
目の前で、無様な演技を見せるわけにはいきません。

11月16日のリハーサルから、
僕は一瞬たりとも気を緩めずに演じました。

ブラッドの演出で、
もともとのギャレットの振り付けは、
少しだけ変更され、劇的なものになりました。

このシーン、
僕はセリフを一切話しません。
すべて、目と表情と体の動きで表現しています。

リハーサルで僕の演技を見たブラッドは、

「君がやろうとしていること(意図)は、よくわかる(伝わる)。
君は、こういうものに向いてるね。センスがあるよ!」

と声をかけてくれました。

”こういうものに、む、向いてる…!!!?”

アクションでキャリアを築いてきた彼の激励に、僕は奮い立ちました。

11月17、18日の両日、撮影は予定されていて、
1日目は、僕と巨大なモンゴルの敵が対峙するシーン、
2日目は、飯塚さんや、スタントマンの方々と共演するシーンに終日費やされました。

そして、
幸運だったのは、2日間では僕のシークエンスは撮りきれず、
撮影が延長され、3日目に突入したことでした。

一瞬、一瞬、真剣に仕事に臨めば、
人はわずか1日でも成長する。

この時の僕にとって、日程が延び、
ブラッドとの仕事の濃密な日程が、
「1・5倍」に増えるということは、
非常に大きな意味を持ちました。

19日まで、連続して撮り続けた3日間。
3日目は、さらに撮影予定時間を超えて延長しました。

そして、この映画全体の撮影の最終ショットは、
僕のクロースアップでした。

36時間以上費やされた、僕が登場するシークエンス。
それだけ、フィルムが回されたということです。

3日間と言っても、

「そんな短い日数なの??」

と、他者は一言で片付けるかもしれません。

しかし、映画の仕事というのは、
1日が ”永遠” を意味することだってあり得ます。

例えば、
『硫黄島からの手紙』で、僕は1ヶ月間の拘束をされましたが、
実際に撮影した実働日数は、8〜9日間に過ぎません。
しかも、その間、決して大久保役の撮影だけをしていたのではないですから、
もし僕のシーンだけを連続で撮れるなら、僕の登場シーンは、
4~6日くらいで撮れる分量でした。

2013年の夏の映画『ウルヴァリン:SAMURAI』での
ヒュー・ジャックマンと真田広之さんの見事な一騎打ちの大立ち回りの
は、1シーンのファイトを3日間で撮り終えたと、
真田さんはインタビューで語っています。
(※ もちろん、あのお二方の技の冴える戦いの撮影と、
僕如きのアクション・シークエンスの撮影の日数を単純に比較などできませんが)

尊敬しているブルース・リー氏が監督した、『ドラゴンへの道』の
ラストのクライマックスの、空手家チャック・ノリスとの決闘には、
4日間をかけた、と本で読んだことがあります。

ひとつのアクションシークエンスというのは、
”数日間” という時間の中で撮られているのです。

しかし、たった一瞬のためにそれだけの時間が割かれるのですから、
その数日間のフィルムは、編集や効果音や音楽などのポスト・プロダクションの
作業を経て、濃密なシーンとして凝縮されるのです。

経済面から考えれば、その1日1日が、
いかにかけがえのないものなのかが、さらに解りやすいです。

映画『リトル・ボーイ 小さなボクと戦争』の製作費は20億円だといわれていました。
その上映時間が、約2時間(120分間)として、
僕のアクション・シークエンスの場面が、仮に3分間あったとします。

単純に割れば、その3分間には5000万円が注がれていることになります。

それだけの額を、ある一つの役のためのスタジオ/フィルム/カメラ/
照明/セット/衣装/メイク/スタントチーム/クルーなど確保に費やしているのですから、

演じる俳優にとっては、

「たった3日」

などという軽い言葉では語れない重みがあるのです。

そしてこの3日間を、
僕は、撮影当日のファイト・コーディネーターが、
あのブラッドだったから、
ジャッキーが実力を認め、悪役に起用した彼だったから、
本当に集中して、
全力で、持ち得るエネルギーを、
1滴残らず、役に注ぎ込むことが出来たのです。

彼の目前で、手が抜けるわけがない!

軽々しく「死ぬ気で」という言葉は普段言いませんが、
この仕事は、
死ぬ気で挑んだ、と断言できます。

(※ アクション自体は、曲芸的なものではないので、スタントに危険は伴いませんでしたが、
その、演じた時の表情をよく観ていただければ、どれだけこのシークエンスに
僕が賭けていたかは判ると思います。)

僕は、”おとぎ話” の場面を、おとぎ話のようには演じませんでした。

失敗を恐れずに、自分のありったけの表現と
気迫をフィルムに刻みました。
それが、起用してくれた製作陣に応えることでしたから。

自分自身と、日本人の、誇りと名誉にかけて演じきりました。

撮影後、数日の間、
身体は、本当に抜け殻のような状態となりましたが、
心は爽快そのものでした。

   *   *   *   *   *   

「死ぬ気迫」の1本の仕事は、
僕の運命をきっと変えてくれると信じていました。

この作品との、
そして、ブラッドとの、
『縁(運)』は、
勝手に転がり込んできたものではありません。

1999年に全力で演じた舞台の演技が、
1ファンの方の心に触れ、
勇気を振り絞って、
ジャッキーのマネージャーに拙い英語で話しかけ(2000年)、
自腹の渡航費をかけて
香港にまで飛び、そこでスタントチームと対面し、
やがてアメリカの映画/テレビ界に拠点を移し(2007年)、
この米国の地のオーディションで4年間を闘い続け、
「役」を勝ち取ったからこそ、
ブラッドとメキシコの撮影スタジオで(2011年当時)
再会できたのです。

単なる「運」だとは思えません。

撮影後に、
僕は、彼に心からのお礼と、
終わって初めて、
「ジャッキーからの影響、そしてブラッドとの仕事がいかに意義のあるものだったか、、、」
その思いを伝えました。

すると、
彼は、「僕の演技」に対して、彼が抱いた感想を丁寧に伝えてくれました。

その言葉は、
とても光栄に感じた宝物なので、
自分の心の中にしまっておきたいと思います。

彼が言ってくれた言葉は、
僕の俳優としての道を今も支え、
自信と確信の裏付けになってくれています。

この撮影から持ち帰った、最高のご褒美です。

この映画が生んでくれた「奇跡」は、
まだきっと続く…

僕はそう信じています。
   ️     ️     ️     ️
2021年8月6日(米国時間)、
悲しいニュースがネット上で目に飛び込んできました。

あのブラッドが亡くなったと。

目を疑いました、
フェイクニュースでは?と。
とても信じられませんでした。

しかしジャッキー・チェン氏もSNSでお悔やみの言葉を発信したとのことで、
それが真実だと知りました。
闘病されていたのだそうです。

せっかく出会えたのに、
せっかく一緒にシーンを作り上げることができたのに。

本当に、本当に、
残念でなりません。

最後に、
2017年の1月に、

ブラッドが僕にくれたメールの文章をご紹介します。
前年の10月に、僕が『リトル・ボーイ』の日本公開後に彼に送ったメールに対して、
律儀に送り返してくれた返事です。

(原文まま)

Dearest Eijiro,
Thank you very much for your wonderful email.
Apologies, it has taken me so long to reply.
A wonderful result for LITTLE BOY, you should be very proud and your scenes are very memorable.

I hope life is wonderful for you.
Are you living in Japan now?
How is your work?

I am living and working in London at the moment.
Do let me know if you ever visit the UK and i would like to see you again.

I wish you health and happiness in the year ahead.

Respectfully,
Brad

Brad Allan
Action Designer

ブラッド、かけがえのない体験と、
フィルムに刻まれたシーンを本当にありがとう。

いつか、また会いましょう。

あなたとお仕事をご一緒できた三日間の、
触発と、学びと、感動を、
忘れることはありません。

あなたに出逢い、
あなたの仕事への情熱をわずかでも知り、
一緒に創ることができ、
本当に光栄でした。

最大の感謝と敬愛を込めて。





(2020年の今日の掲載にあたり、一部、修正加筆した箇所に関しては、その文章の文末に *** の印をつけてあります)

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

◆    ハリウッドで俳優として生きる!
◆       尾崎英二郎の
◆      ”夢” を掴むプロセス

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

  発行年月日:2019年 4月1日     

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇  
  

     ★ 第243号 ★    

       
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

皆さん、こんにちは!

この『”夢” を掴むプロセス』と題したメールマガジンのシリーズは、俳優/尾崎英二郎が日本と海外での仕事や勉強の場で、自ら培った体験や知識を皆さんと共有するものです。

決して、ハリウッドの業界を目指す人だけのメッセージではなく、
やりたいことを志す人、進路に迷う人、仕事に活路を見出したい人、全ての方々に何らかの ”生きるヒント” として役に立てて頂きたいものです。

単に映画TV界のことのみをお話しするのではなく、様々な分野の方々に、幅広く愛読して頂くために、柔軟に話題を提供していきます。

◆【理論編】では、日頃から心がけてきた前向きな思考と、自分独自の視点、物事の捉え方・壁の越え方を

◆【体験編】では、実際の自分の俳優としての今日までの戦略と歩み、撮影記録や経験を

◆【情報編】では、具体的にハリウッド映画TV業界で(職業として)俳優が必要とする事物の紹介/解説を

詳細にお話ししていきたいと思います。

もしこのメールマガジンのメッセージが、世間に必要とされ、長く読まれるものになってくれるのであれば、自分の<ライフワーク>として、長年に亘り発信し続けたいと思います。

時には強気で、意表をつく物の見方、生意気な発言があるかもしれません。しかし、それだからこそ独自の道を進んで来れたのだと、ご容赦下さい。

時には、今でも顔が赤くなり、冷や汗の滲み出るような失敗談、
悔いの残るお話も披露します。
そのような話の数々は、どうか ”反面教師” として、皆さんの勝利のために生かして下さい。

”無名” からスタートし、
懸命に国際舞台での道を切り拓いていく、
ひとりの俳優の生き様と心意気が皆さんにとっての癒しや励ましとなってくれることを心から願い、このメールマガジンを執筆しています。

尾崎英二郎

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      ★ 第243回メッセージ ★ 

 「4年ぶりの改訂版:『”正しさ” は、”最高のもてなし” には含まれないのか? 』」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

さて今日は、

長年こだわってきたトピックをもう一度取り上げます。
ちょうど、取り上げるべき時期に差し掛かっていると思うのです。

今日のメルマガは、2015年に綴った、

『”正しさ” は、”最高のもてなし” には含まれないのか? 』

の4年ぶり、改訂版です。

決して感情論ではなく、様々なケースの例とデータと、そして個人個人でできる改善へのヒントを挙げながら、4年前に伝えたメッセージに確かな根拠を加え、大幅加筆しました。

新たな読者の皆さんにも、楽しんでいただけたら幸いです。
非常に大切な意義を含んだトピックです。

実はこの話題、公に取り上げるのはなかなか勇気の要ることです。
というのも、今からここに書く内容は、一部の映画&ドラマファンの方々やメディア関係者(情報発信者側)、教育関係者の方々にとっては、”批判!?” のように受け止められてしまう可能性があるかもしれないからです。 ***

それでも僕は、このことにあえて触れてみることにしました。
自分の『表現したい思い』や『伝えること』の勇気や発想は、
とても大切さなことだと信じています。***

では、始めます。

それは、

外国人男優や女優の名前の、”日本流の表記”…

そう、ズバリ、

「カタカナでの呼び方問題」

です。

皆さんは、普段すっかり呼び慣れている外国人スターたちの名前の発音が本当は全然違う「音」であることが少なくないことをご存知ですか?

今日は、それらの例をいくつかご紹介しつつ、どうしたら「音」の表記の間違いに気づけるか?改善していけるか?という提案をしてみたいと思います。

〈これだけある、原音とは異なるカタカナ表記〉

まず、知られているようでも見過ごされてきた例から挙げていきましょう。

例えば、アカデミー賞も受賞し、すでにベテランの風格さえ備えた男優と女優であるMatthew McConaughey と Viola Davis、そして『アベンジャーズ』の第1&2作を監督した Joss whedon。

皆さんは、彼らの名前をどう呼んでいますか?

マシュー・マコノヒー、ヴィオラ・デイビス、ジョス・ウェドン、
おそらくネット上で調べると、この表記が一般的でしょう。
非常にメジャーな存在になったにも関わらず、間違った読み方・呼び方のままずっと使われている例です。少なくとも日本国内ではオフィシャルの綴り方として広く浸透しています。

ところがです、

マコノヒーは、実はマコノヘイ。
「ヒー」ではなく「ヘイ」。原音ではマカナヘイという感じにも聞こえます。

ヴィオラは、実際彼女が呼ばれている音を聴いてみるとヴァイオラ。「ヴァイ=Vai」なのです。
ビオラという表記でさえもたまに目にしますが、「ビ=Bi」ですから全く違ってしまいます。そういう意味では、苗字のデイビスもデイヴィスとした方が、より近い音になります。

ウェドンは、ウィードンです。「ウェ」と「ウィー」では、我々日本人の耳にさえ、全然違うものに聞こえます。それでも、一般的にはウェドンと書かれ続けています。
監督作『アベンジャーズ』で一躍世界にその名を轟かせた2012年から7年が過ぎても、ウェドン表記を度々目にします。

(※ ちなみにMatthewの「th」の音は日本語には存在しない音なので、”マシュー”と書くしかありませんが、今回議論に挙げたい点は、日本語表記でも十分に改善して原音に近づけることが可能な部分についてです。)

なぜこのお話をわざわざ訴えたいかといえば、それは何より、

個人の「御名前」のことだから。

名前とは、敬意をもって扱われるべきものであり、呼ぶ側のマナーや姿勢が問われるものだからです。

もう少し、いくつか他の例も挙げましょう。

Jennifer Lopez と、Cameron Diaz。そして Chris Evansと、彼が演じているキャプテン・アメリカこと Steve Rogers。

これらの名前はどう呼ばれていますか?

ロペス、ディアス、エヴァンス、ロジャース… ですよね。

通常の表記が長らくこの音だったので、僕自身も疑問に感じることはありませんでしたが、これらも実際の音とは違います。

Lopezも、Diaz も、綴りは「Z」。ということは、もちろん「ズ」なのです。でもなぜか日本では長年にわたって「ス」の音でずっと呼ばれて来ました。そして Evans も、Rogersも、実は「ズ」が本来の音です。

ファンの方々には、「ズ!?ズって、今更言われても…」と違和感を抱かれる人もいらっしゃるでしょう。

でも本当です。

スティーヴ・ロジャーズに関しては、映画『アベンジャーズ:インフィニティ・ウォー』の中でも、グルートが「I am Groot.」と言った時、「I'm Steve Rogers.」とクリス・エヴァンズが自己紹介する
名シーンがあるので聴いてみて下さい。

(※ 英語で語尾にくる「S」の音には、一応基本のルールがあります。works や chips など、「S」の前が”無声音”の場合は「ス」となり、
 一方 begins や dreams や lives や songs のように「S」の直前が”有声音”の時には「ズ」と発音されるのです。
英語の授業ではないのですべてはここに書ききれませんが、
他にも「S」の前に「T」が来ると、cats や wants や cuts は「ツ」となり、
「S」の前が「D」なら kids や reads や diamonds のように「ズ」となる、大体のルールが存在します。)

なぜこれらの「名前の音」の表記を僕が注視するようになったかというと、いくつかのきっかけがあります。

その一つは、アカデミー賞のレッドカーペット生中継のインタビューを務めてきた(2011年〜2019年)ことでした。
ノミネート者たちが正装でやってくる場で、スターや監督たちご本人のお名前を ”間違った発音” で呼ぶわけにはいかないからです。

もし毎年のように、僕が彼らの名前を間違った音のまま呼び続けたら、番組を見ている皆さんはどうお感じになったでしょうか?「Mr.マコノヒー!」「ヴィオラ!」「Ms.ロペス〜!」という
日本流で呼んでいたら?
もしよく調べずに名前を呼び続けていたら、僕はスターご本人たちからも、視聴者の皆さんからも、信頼をおかれない人になっていたかもしれません。
僕は礼節を守るためにも相手に敬意を払うためにも、なるべく正しい音で相手に接しようと、名前に関しては気をつけて調べるようにしたのです。

では、ここで問題提起です、

「正しい音(に近い発音)」は、インタビュアーの役目を務める人たちだけが心がければ良いことでしょうか?

僕はそうではないと思うのです。

これは、誰もが考えるべきこと。

大きくいえば、教育の現場で意思統一や基準を設け、ある程度改善した方がいい、世の中全体に言えることだと思うのです。

例えば、Lopez、Diaz、Evans、Rogers がなぜ「ス」で書かれるのか?
厳密な理由や起源はわかりません。Rogers もコミックスの歴史的なキャラクターですから、すでに何十年も前に日本でそう表記されてしまったのでしょう。

でも、その他の近代の名前までも、なぜ「ス」なのでしょう?
一つの仮説ですが、これは日本人が濁音を好まない傾向があるからではないか?と思うのです。
「ず」より「す」の音の方が、耳触りがいい、響きがいい、ということ。
澄んだ音の方が親しみが抱きやすい、という音感的な理由です。
おそらく、マーケティング的にもその方が好まれるだろうと判断された… そう考えるとしっくりきます。
でもそれは、あくまでも日本人の耳に合う基準です。
その基準で、「名前の本来の音」を違った音に置き換えてもいいものでしょうか。

しかも、ビートルズ、ストーンズ、アベンジャーズといった名称は、「ス」ではなく、正しく「ズ」にしています。つまり、濁音を使う・使わないを判断する際の確固とした「基準・ルール」が無いのです。

不思議なのは、逆に濁音にしている「音」の間違いもあること。
今年、アカデミー賞の主演女優賞の筆頭候補だった Glenn Close の名前は、本当は「グレン・クロース」。
しかし彼女の苗字は、80年代、90年代、2000年代に入ってもずっと「クローズ」と書かれ、呼ばれてきました。
クロースとクローズでは、綴りは同じでも、「近い」と「閉まる」のように発音で言葉の意味も全く変わります。こうなると、なぜクローズとしたのか、理由はもう謎です(苦笑)。

前述のデイビスもそうです。「V」の音に関して表記の基準・ルールがありません。

なので Steven Spielberg であれば、スティーブンとスティーヴンと書く場合、両方が出てきてしまう。Steve Rogers もスティーブと呼ぶ人もいれば、スティーヴと呼ぶ人もいることになります。
しかし、「ブ=Bu」の音ですから、仮にこの人たちの名前を「Bu」の音で大きな声で呼んだとしたら、

「スティ〜〜〜ブ〜〜〜〜〜!!!」

となりますよね。英語的には「Steeee Boooooo!」と響くわけです。もしこれがレッドカーペットや成田空港の到着ゲートなら「スティ〜〜ブ〜〜〜!!!」と何十人からもの声が響くことになります。「Boo」という音は、ご存知の通りブーイングを
意味しますから、あまり心地の良い感じの音ではないかもしれません(まぁそれは冗談ですが、「なんで皆、VじゃなくてBで呼ぶのかなぁ?」くらいには呼ばれる本人は感じることでしょう)。

でもこうした”耳障り”や”音違い”について、僕らは日頃深く考えることはありません。
海に囲まれた日本では、基本的には英語圏の文化の人々と地続きでは関わって来なかったので、外国人に伝わるかどうかを意識せずとも生活できた歴史的な理由があるからだと思います。
これらの表記に関してしっかりとした根拠や見解が築かれて来なかったのでしょう。
社会全体が外国人の名前や海外の名称、意味合いなどにルーズになってしまっているように思えます。

でも、2019年の今、僕らは外国の著名人の名前の音に無頓着でいてもいいものでしょうか。
著名人だけではありません。日本にいる外国人の皆さんに対して、あるいは来年オリンピックを楽しみに日本を訪問する外国人に対して、僕らは、

本気で自分たちが抱いている、

「おもてなし」

の姿勢を問うべきなのではないでしょうか。

〈間違えられる側に立ってみる〉

僕の名前 ”英二郎/Eijiro” はアメリカの地のオーディションで、度々間違われます。
「アイジェロー!?」とか、「エイヒロー?」と、呼ばれる経験をします。

初めて、

「アイ…ヒロー!?」

と呼ばれた時には、まさか自分のことだとは思いませんでした。

なぜ、こういうことが起きるのかというとそれは、

Ei と、母音が2つ並ぶと、”アインシュタイン” と同じように、”アイ” と英語では発音されるからで、
jiro が ”ヒロー” になるのは、ロサンゼルスにはメキシコ系の人が多く、たとえばJose は、”ホセ” のように、「J」を 「H」の音で発音するケースに社会が慣れているからです。

オーディションの場では、アイヒロー!!と間違えて呼ばれても構いません。
キャスティング担当の人たちには初対面の人が多いですから。発音をミスすることは何ら仕方のないことです。でも、ほとんどの人たちが大抵は、

「アイヒロ?アイジロ? 今ので正しい?どう発音するの?ちゃんと覚えたいからおしえて?」

と、演技を見る前に、聞き返して確認し、呼び直してくれます。
なので、お互い笑顔になり、許してしまいます♪

でも、もしこれがオフィシャルの演技賞や映画賞や、記者会見の場だったらどうでしょう?

「アイヒロ、オゼィキ!!」

と僕が呼ばれているのをもし皆さんが、メディアを通じて目にしたら、いくらなんでも「え!!!?」となりませんか?

あるいは、「Z」は濁音だから、耳障りの良い「S」に変えられて、

「アイヒロ、オサッキ〜!!!」

と呼ばれたら、ちゃんと調べておいてよぉ〜と嘆きたくなるでしょう。
僕みたいな、米国では新参者であればまだいいですよ(我慢しますよ…笑)、

でもアカデミー賞の場に来るような、地位の確立された要人の場合、許されて良いこととそうでないことのガイドラインはあってもよいと思うのです。

Rachel Weisz や、Chiwetel Ejiofor も間違われて呼ばれている人たちも、本当はワイズではなく「ヴァイス」に近い音であり、キウェテルではなく「チウェテル(もしくはチュウェテル)」という音ですから、「キ」で呼ぶのは避けてあげるべきです。

実は恥ずかしながら、Weisz がほぼ「ヴァイス」と発音するという事実を僕自身も近年まで知りませんでした。でも、インタビューで

「アメリカの人たちは、ワイズって間違って呼ぶのよねぇ…」

とレイチェル自身がポロっと皮肉を言っていたのを聴いて、あぁやはり間違って呼ばれるのは嫌なんだな、と知ったのです。

今年、「ROMA/ローマ」で時の人となった、Yalitza Aparicio は、何の疑いもなく ”ヤリッツァ” だと思い込んでいました。ところが偶然、オスカーのレッドカーペットへ向かう通路で、隣に『ジミー・キメル LIVE!』でお馴染みのメキシコ人のギエルモ(レッドカーペットでスターたちに毎年テキーラを飲ませることでも人気)が歩いていて、僕は彼のファンなので話しかけたんです、
「今年はメキシコは盛り上がっているねぇ!」と。
この時、ふと Yalitza の名前のことが頭をかすめました。「ヤリッツァ」でいいのかな?と。
そこでギエルモに聞いてみたのです。「彼女の名前、どう発音するの?」と。すると、

「ジャリッツァ、だよ。」

と言うのです。「はっ!?」と目が点になりました。
何度か聞き返しましたが、ジャリッツァが正しいそうで、僕は自身のない音で呼んで失礼があってはいけないので、レッドカーペットで彼女を捕まえた時、名前で呼びかけることを避けてインタビューしました。

もし仮に、

日本を代表するような女優さん、例えば吉永小百合さんが、海外の映画祭やインタビューの公式の場で

「セイユーリー、セイユーリー」

と呼ばれたら、”サユリ”くらい調べてよ!?と日本人なら当然感じるでしょう。
(サトウがセイトーと呼ばれることくらいは頻繁にあります)

倍賞千恵子さんが、チエコ(Chieko)でなく

「キエコ〜!キエコ〜!」

と呼ばれたとしたら、もはや失礼なレベルだと感じませんか。

『千と千尋の神隠し』が、アナウンスされる時、

「セン、ト、キヒロ、ノ…」

と言われたら、おい!!!っと言いたくもなるでしょう。

渡辺謙さんが、トニー賞で

「ケン、ワタナビー」と呼ばれた時には、

ワタナ「ベ」って、ちゃんと覚えて呼んでくれよ、賞のプレゼンターなら!!と思ったものです。

ならば、逆も同じです。

僕らも、極力(可能な限りでいいので)、外国の方々の御名前を正しく呼んであげたほうがやはり良いと思うのです。

〈中には、判断が難しいケースもある〉

例外的に、日本では発音や表記がやや難しいケースもあります。
(外国の個人名の表記を、一律ルール化することはもちろん完全には無理でしょう。)

それは、例えばハリウッドのスターになった人でも、その親や本人の出身国がヨーロッパだったりした時には出身国の読み方と英語の読み方と2つのケースが出てくるからです。

例えば Alicia Vikander はスウェーデン出身の女優です。『リリーのすべて』でオスカーを受賞した時、米国ではヴィキャンダーと彼女を呼んでいました。スウェーデンの読みではヴィキャンデル。
インタビューの中で、本人は米国読みも了承していました。本人がどちらもOKとしているのであればそれでよいでしょう。

Mads Mikkelsen はデンマークの出身。実は「D」は発音せず、本当の読み方は「マス」なのだそうです。
これは自己紹介のクリップなどを見れば判ります。ご本人もマスと発音しています。但し、彼も英語圏での呼ばれ方はまんざらでもないようです。
ただ、普通に考えれば「ds」ですから英語読みをカタカナ表記にしても「マッズ」のはずですが、
日本の表記では「(語尾が ts じゃないのに )マッツ」。でも、熱烈なファンの皆さんは、もしご本人を直接呼ぶ機会があれば本来の音に近づけてあげれば一層喜ばれるはずです。

一方、米国でも多くの人が呼び方に手こずる、アイルランド出身の女優 Saoirse Ronan は、自分の名前がいろんな形でとんでもない発音をされることに呆れています。彼女の名前の音は「サー・シャ(もしくはセァー・シャっぽい)」で、”Sur” や ”(Yes, sir.)の sir” に近いのです。「シ=Shi」という音ではありません。
シアーシャでは3音節(シ・アー・シャ)に増えてしまっているので近い発音とは言えません。***

それから、テキサス生まれでコロラド育ちという生粋の米国出身の女優 Melissa Benoist は本人もそして家族も、「ベノイスト」と「T」まで発音しているとインビューで答えています。
先祖まで移民史を辿れば、フランス語の影響はあるようですが、彼女を「ブノワ」と呼んでしまうのは完全な日本流だと言っていいでしょう。

メリッサは、デイミアン・チャゼルの出世作『セッション』で脚光を浴びた女優です。
比較的に新しい人材の名前というのは、なかなかメディアに最初は出て来ないので正しい発音を知ることは難しい場合があります。「ブノワ」とフランス読みにすれば響きが可愛いし…と判断した理由もわからないではありません。
でもその後に、一般的に広く人気を博したご存知『スーパーガール』で主役を演じてからは彼女の名前は度々メディアに出ているのですから、修正できるはずなのです。出身地の米国で、彼女を
「メリッサ・ブノワ」と呼ぶメディアはありません。

正しい名前の発音などを知る手がかりとして、有効なのは、YouTubeなどで ”スターの名前の綴り” と ”発音”
(例:”Saoirse Ronan” ”Pronunciation”)で検索する方法をお勧めします。
米国発音や、英国発音など、様々なアカウントで解説動画がアップされています。

僕がよく調べる方法は、人気トーク番組や、映画祭などの受賞シーンを観てみる方法です。
本人を目の前に司会者が名前を呼んだりする時に間違えているケースは少ないですし、トーク番組では、司会者も読み方がわからない場合は、ちゃんと本人に正しく発音させて確認している様子が観れたりします。本人自身の発音ほど、確かな根拠はありません。

下記の、こんな動画なら、観ているだけでも楽しいので、”勉強”だと気構える必要もありません。

参考:『A Pronunciation Guide for Saoirse Ronan & Melissa Benoist』 
https://www.youtube.com/watch?v=oifRCyBnPHU

特に、”推し”のスターがいる皆さんは、いろいろなクリップを観て確認してみるといいでしょう。

上記に挙げた表記の間違いは、氷山の一角です。

Taron Egerton はエガートンではなく、エジャトンまたはエジャートン、***
Halle Berry はハルではなくハリー、
Uma Thurman はユマではなくウマ、
Amanda Seyfried はセイフライドではなく、サイフレッドまたはサイフリッド…***

(サイフレッドとサイフリードでご家族の姉妹でも意見が分かれているそうですが、”セイフライド” は間違ったケースとして下記のインタビューでも本人が語っています)***

参考:『Amanda Seyfried Exclusive: My Name's Not 'Siegfried'』***
https://www.youtube.com/watch?v=FGIUaI1jkMo

こういった例は多々あります。

もし、お気に入りのスターが来日した際には、正しい音(正式名)で呼んであげれば、

「おお、この人ちゃんとわかってくれてる!調べてくれてる!」

と、喜ばれるはずですよ。

〈なぜ、間違った表記が続いてしまうのか!?〉

日本では、中学高校の6年間で英語を皆が学び、社会人になっても、英会話のクラスに通ったりすることが人気だったりします。
英語教育を低学年の教育に導入する案や、会社で英語を社内の公用語にしては?などという案もよく耳にします。

ボーダーレスで「国際化」が常に問われ、社会が英語教育を義務化して以来、もう何十年と時間が経っていますが、誰も、「ローマ字」と「カタカナ」という日本独自のシステムが、英語の《音》の聴き取りと発音の向上、もっと広く恐れずに言えば外国語でのコミュニケーションそのものの妨げになってしまっている結果・状況を疑問視しません。
言語教育の意識や根幹は、2019年の今と、僕が中学1年生だった30年以上前とで、実はあまり変わっていないのではないか…とさえ思えます。

誤解の無いように書きますが、僕は「ローマ字」と「カタカナ」というシステムが必要無い、と言っているのではありません。非常に便利な表記であり、これはこれで”文化”でもあります。
でも、特に名前などの表記に関しては、一定の基準やルールがあってもよいと思うのです。
「カタカナ」という表記の読みは、完全な ”日本語” 発音であって、英語の音声には似ても似つかないことが非常に多く、驚くほど会話時には伝わりません。他言語学習の壁になり得るということは認識しておいた方がいいのです。

そして、システム以上に大きな問題は、

「間違っているらしい… 」となんとなく判ってはいるのに、皆んなが、社会が使っている表記だから、もうその名前で普及しているから、変えようとしない、改善を試みない、その姿勢だと僕は思います。
でも、誰かが声にしなければ、僕らは外国の俳優たちを、監督を、メダリストの選手を、ミュージシャンを全然違う音のまま呼び続けてしまうことがあり、それが大失態になる場合だってあり得ます。

なので、(「俳優の尾崎が、偉そうに日本のカタカナ表記を批判かよ!」と読者の皆さんに思われたとしても)僕は一石を投じてみようと思ったのです。

〈日本は礼節を重んじるお国柄のはず!?〉

日本には、

《名》

という財産を非常に大切にし、重んじる文化があります。

かつては武士たちも、敵と向き合い、戦う前には、

「名を名乗れ!!!」

「やあ、やあ、我こそは…」

と名乗り、確認し合いました。それが最低限の(戦う相手にさえも示した)礼法です。

結婚披露宴や各種式典のご来賓の肩書きや、お名前を間違って書いたり、読み上げたりしたら、大変に失礼にあたります。何度か読み間違えたら、司会者失格の烙印を押されるでしょう。式典どころか、年賀状でさえ、宛名が間違っていれば

「あれ、これ字が違ってるよ…(この字じゃないのに)」

と思うはず。ビジネスの取引先へのメールで、宛名の字を間違えれば、

「失礼しました!打ち間違えました」

とお詫びします。ツイッターなどの場ですら、名前を間違えればツイートし直したりしているはずです。
それが一般的な常識であり、社会のルールというものです。
自分の名前の漢字がもし公に間違えて書かれていたら、多少なりともショックなはずです。

「敬意を感じないな…」

と。

日本人は、《名》に関して、非常に丁寧な民族だと僕は思っています。

しかし…

それは、ひょっとしたら内輪だけで培われた「しきたり・慣習」なのかもしれません。

対外的には??海を越えた、他の民族に対してはどうなのでしょう??
他者の言語や、文化や、名称に対し、正しく敬意を払っているでしょうか?
名前を、間違えて書かれたり、覚えられたり、呼ばれたりしたら、気分が良くないのは、どこの国でも同じです。

名前というのは、固有の財産です。

それを日本側の何らかの都合で、『音』を間違ったまま呼び続けてもいいものでしょうか?
それで、誠意が本当に伝わるのか?深いコミュニケーションが始まるのか?
僕は、本質的で、とても大切な問題だと思うのです。

最初は巧く発音ができなくたって全然いいんです。

英二郎が「アイヒロー」になってしまうのは仕方がありません。
でも前述したように、米国のキャスティング・ディレクターたちはすぐにその場で正しい音に近づけようと努力してくれます。それは嬉しく、心温まる瞬間です。
(意外にもオーディションの場で、僕はその瞬間が好きです。なぜかと言うと、キャスティングの人の優しい人柄が判るので、緊張がほぐれるから。その会話中にちょっとした理解の「和」が生まれるからです。)

初めは間違ったって、
「修正して、呼び直す、書き直す、勇気」を持っていればいいんですよ。

そういう、只々普通の意識、普通のモラルを持つことを忘れなければ…。

日本は、まもなくやってくる2020年に、世界の方々と共に、オリンピックを開催しようとしています。
仮にオリンピックが無くとも、日頃から日本には多くの外国人観光客が訪れ、外国人労働者や実習生が働き、留学生たちがアルバイトをしながら勉強し、生活しています。
海外の国々に、他の民族の人々に、僕らの国はしっかりと敬意を抱きながら、接しているでしょうか?

『おもてなし』

の、本当の意味と意義とは何なのか?

そのことを今こそ熟考する時ではないでしょうか。
名前を正しく呼んであげる、読んであげる、書く。
まずはそこから、僕らは始めてみてはどうでしょう。

日本は、グループの志向で動く、連帯の強い国柄です。(その部分は、素晴らしい一面でもあります)
しかし一方で、時に、正しいことを述べても、個人や少数の見方が ”異端” とされ、「正論」とは見なされず、間違ったまま、修正や見直しがないままそのやり方で、ずっと進んでしまうことは少なくありません。

「他の言語や異文化に関する教育」が、30年経っても、根本的に変われないことは、本当は”変われない”のではなく、”変わらない” ことを多くの人が選択してしまっているのではないでしょうか。
そういう根本が、来日した、VIPでもあるスターや巨匠のような来賓の名を間違った音で呼び続けていることに、色濃く映し出されている… そう思えて仕方がないのです。

今回のメールマガジンは批判でもなく、文句でもなく、

《改善》の提案です。

カタカナ表記をなくした方がいい、と言っているのではありません。
ウィキペディアのデータをどんどん書き直そう!と言っているのでもありません。

でも、映画ファンや海外ドラマのファンの我々は、少しずつでも変えられると思うのです。
もっと敬意をもって、他者の名や言語を扱い、もっといいコミュニケーションができると思うんです。

国語や英語のテストで高得点を獲得することも重要ですが、
もっと大事なことをまず知ろうとする、お互いの知識を共有して、他者と教え合う、そして見識を皆で深めていく。
僕らは、日本をもっともっと良い国にできると思うのです。
「敬意」とは、一方通行で求めることはできません。

「敬意」を抱かれたいなら、まず「敬意」を表すことです。

今の時代は30年前とは違います。
日本に居ても、海外の原語の名称を、とっても手軽にネイティヴの音声でチェックすることができます。
その気になれば、修正は決して難しいことなんかではありません。

円滑なコミュニケーションは、相手の御名前を正しく呼ぶ・書くことから始まります。
社会のあり方を一気に変えるのは大変ですが、映画やドラマファンの力で改革を起こすことはできます。

好きな相手の名前なら、
そうしてみる価値はきっとありますよ!!

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

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いかがでしたか。

異国の産業に挑んでから、ずっと書き続けている、
メールマガジン【ハリウッドで俳優として生きる! ”夢” を掴むプロセス】は、2014年に出版された拙著『思いを現実にする力』の土台にもなった手記や記録です。

ここに公開した、

『”正しさ” は、”最高のもてなし” には含まれないのか? 』

に共鳴して下さった方、あるいはご意見のある方は、是非感想を僕のツイッターアカウントや、当サイトの掲示板まで感想をお気軽にお寄せ下さい。読み手の皆さんがいて下さることが、僕にとっては大きな励みと刺激になっています。

アメリカの地からお届けしているメルマガや著書の拙文が、皆さんにとっての読み物の1つ、エンターテインメントの1つとなり、

と同時に、

受け取って下さる方々の「未来のどこかの大切な局面」で、少しでもお役に立つことを、

心から願っています。

カリフォルニア州ロサンゼルスより

尾崎英二郎


2020年「まぐまぐ大賞」【コラム部門 第10位】入賞




本メールマガジン『”夢”を掴むプロセス』は、読者の皆さまからの支持と応援の声のおかげで、2020年の「まぐまぐ大賞」【コラム部門 第10位】に入賞いたしました。

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